2017.07.14 Friday

海水浴場が消えていく

昨日は気温も35度まで上がり、木々の繁る場所では、セミの声が聞こえてくるようになりました。今朝は、市内の鉾を見学しながらの朝ランでした。あれだけの建造物(というのでしょうか)を受け継いでいく大変さを、鉾や山を間近で見るたび、ひしひしと感じます。「伝統」を支え続けるため、多くの人々の汗や努力があることを思わずにはいられません。

 

夏といえば、自分自身が小さかった頃、自分の子供達が小さかった頃は、海水浴やプールは、必ず「夏の思い出」の1ページを飾るものでした。京都市内では、その昔は嵐山や鴨川が水遊びのスポットで、日本海などの海水浴場へは、民宿などの泊りがけでないと、なかなか行くことができませんでした。

 

ところが、近年その海水浴場がどんどん無くなっているそうです。

 

一つは防波堤などの建設で、自然な砂の循環ができなくなり、砂浜自体が消失するため。

もう一つは、利用者が年々減少し、海水浴場を維持できなくなったため。なのだそうです。

 

時代の変遷とはいえ、砂浜を裸足で歩いたときのあの感触や波打ち際で砂山を無心で作った思い出は、海水浴場ならではのもの。

しかし、何十年後には「海水浴」という言葉自体ももしかしたら、死語になっているのかもしれませんね。

 


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