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2020.02.12 Wednesday

見直したこと。

昔、京都市立小学校の修学旅行は、お伊勢さんでした。(今も同じかな?)

 

修学旅行へ行く前に、教室でお土産の申込書を配布されて、やれ赤福だの、生姜板だのを注文したのを覚えています。(生姜板というのは、今時の伊勢の土産物店では見かけなくなってしまいましたが…。知らない人は、検索してみてください。)

 

修学旅行のルートというと、近鉄で鳥羽まで行って、ミキモト真珠島で真珠の養殖の事を学び、その後伊勢神宮や二見ケ浦というのが一般的ですが、私の場合、覚えているのは、伊勢神宮の境内で、雨合羽を着て歩いていたことと、夜に宿近くの土産店で何か物色していたことぐらい。当然、ミキモトで見聞きしたことなど、きれいさっぱりと忘れていました。

 

一昨日、伊勢志摩まで足をのばした際、他に行くところもなかったので、ミキモト真珠島へ、半世紀ぶりに行ってきました。そこで、御木本幸吉氏の生涯を紹介した展示を見たのですが、小学校の時に同じようなことは見聞きしているはずなのに、改めて感動しました。

 

御木本氏は、うどん屋の息子として生まれたものの、子供の頃から色々なことにチャレンジされていたようで、その中で、真珠の養殖に目をつけ、始められたそうです。が、初めて真珠が採れるまでのご苦労は、涙なしには語れない、実に辛いものでした。アコヤ貝などに、真珠の核となる小さな塊を入れ、貝にそれを育ててもらう。聞けば簡単そうなことですが、相手は生きた貝だけに、思った通りにはいかない。(今も真珠ができる割合は、50%しかないそうです)さらに、赤潮などで、養殖していた貝がほぼ全滅となったこともあったそうです。

 

当然、周りからは変人扱い。

 

私だったら、貝がダメになった時点で、あきらめたことでしょう。

 

それでも、奥さんに支えられ、成功するまであきらめず、今日のミキモトという、押しも押されぬブランドを築き上げられたのです。

 

時間つぶしに行ったミキモト真珠島でしたが、あらためて、彼の残した偉大な功績に感動したのでした。

 

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