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2019.08.26 Monday

京都タワーが「京都を彩る建物」と言われるまで

今朝の気温は21度。鴨川沿いを走っていると、セミに代わり、秋の虫の音も聞こえてきました。昨日よりもさらに気温も低く、いよいよ気持ち良いランニングの季節がやってきました。

 

今、お客様向けニュースレター、秋バージョンの仕上げをしていますが、その秋のイベントに関連して、こんなサイトを見つけました。

 

京都を彩る建物や庭園 

 

これは、京都の歴史や文化を象徴する建物や庭園を、市民の公募によって選定するというもので、そのような建物が広く紹介されているサイトです。

 

その下京区のところを見ると、京都タワーが掲載されていました。今でこそ、京都のシンボルとして受け入れられている、あのタワーですが、建設前や建設当初は、反対の声など、散々だったようです。

 

「京都タワーのイメージ変遷に関する研究」という稲本氏の論文によると、

 

1953年に京都中央郵便局庁舎の移転に伴い、その跡地活用が、京都商工会議所を中心として検討され、公的な建物を建築することとなりました。当初はタワー建設は予定されていなかったものの、その後の検討会で、「灯台」をモチーフとしたタワーの建設が決定されました。

 

ところが、この計画が明らかになると、世間では反対や批判の嵐。京都タワーの工事中止を求める抗議覚書の提出や、「京都タワー建設反対青年会議」他、各種団体からの反対運動、新聞紙面では、「卑俗な観光塔」「古都の夢を破るタワー」といった抗議文が、たくさん出回ったそうです。

 

しかし、稲本氏の調査によると、設立当初の否定的意見が40%だったのに対し、直近10年では10%以下となり、地元民によって、「京都への帰郷」を感じるシンボルとして、今では受け入れられているのだそうです。

 

確かに、私も他所へ旅行や出張に出かけた際、京都駅に着いてタワーを見ると、「ホッ」と感じたり、遠出のランニングの帰り道、遙かかなたに京都タワーが見えると、走る力が湧いてきたりします。

 

建設から半世紀以上が経過し、京都タワーは京都の一員として、ようやく受け入れられたのです。

 

卑俗と呼ばれても、時がそれを解決することもあるのですね。勉強になりました。

 

足と靴のご相談はフットクリエイト。本日は定休日です。

 

 

 


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